ローマの夕顔

古都ローマの深夜、閣の大空にコーモリの乱舞。地上にネコ族の閲歩。中世期に逆戻りの展開に驚くのはまだ早い。市内の方々に点在の廃境――昼間は世界中の観光客で賑わうドル宮のフォロ・ロマーノの舞台すら彼らの占居で屈強の隠れ家に一変する。
コロセウムの円形空間、カラカラ帝の浴場、みな彼らの城であり砦である。世帯に跨がって降りて来た魔女たちは、屋根からの悪魔といっしょにコーモリのスープを畷って狂宴を始める。
更に怖ろしい狼軍の進出によってローマの百鬼夜行劇はもり上がる。狼とは人間のお面をかぶった吸血鬼もうろう連の一族である。
テルミネ駅に終着列車がつくと同時に、飢えた彼たちはどこからともなく集まって来る。そして、うっかりしている人間たちの血を吸う。まさしく地上に下りたコーモリだ。迷う一人旅の者にとってはアリ地獄で、そこにもここにも落し穴がある。口車にのると穴にすべりこんだ蟻同様、目つぶしを食らってアレヨアレヨと思うまもなく引ずりこまれる。

夜の暗黒世界は恐ろしい。都会ゆえに怖い。これは「永遠の古都」と称されるローマの影の姿。筆を洗って明るい話に移りましょう。たそがれ刻には万象が美しく見えるもので、夜目遠目とはうまい言葉です。
明と暗が近づき合い人間の脳細胞にも疲れが出はじめる頃でしょう。このやるせない淋しさに妖しい美しさがプラスすると、人間の頭のスイッチが切れ替るのです。ネオンが輝きはじめる前の薄暮、行人の群集の中のあなたは、立ち止って前の石崖の上を注目して下さい。目の前の変哲もない夏草の茂る石崖をです。
おや、あの白い大輪の花は?
そうです。そうなのです。「ローマの夕顔」に対面できた今のあなたは幸福もの。もっと近づいてよく観察して下さい。靴屋の爺さんが仕事をおえて帰った後で、改めて静かに仰ぐあなたに焼然と微笑みかける。そして微かな芳香まで伝わってくるのは、まさしくこれぞ「ローマの夕顔」に相違ない。
しかも、こんな都塵の中での拝顔は思いもよらぬことでした。
それにしても、爺さんから教わった彼女の名はとメモを取り出して夕閣に透すと”CAPPERI”とある。これは間違いなく夕顔女史の名前です。
実はこれまでに数回イタリーの旅を重ねてきたが、これでもか、これでもかとルネサンスの人間くさい芸術の重圧と、オリーブ油の利いた料理に少なからずウンザリして、美術館より屋外の自然に路草を食いだした頃です。
今になって述懐すると、物を弄んで志を喪失のお遊びに了りましたが、人工の技に比べて造化の神のいたずらの方がずーっと面白くて魅力的でした。この考えは現在も変っておりません。

かつて八月の中旬、トスカーナの古都シエナを訪ねた時です。数日後に迫ったお祭りの準備に古い街にも活気が溢れていました。
市庁舎前の大広場は、当日の呼ものの競馬見物客の桟敷造りに大工さん達が大忙し、その隅では、老爺の立売りが石版摺りの競馬絵を抱えて客を呼んでいる。こちらの小さい広場では、元気いっぱいの青年たちが旗のアクロバットに熱中です。それは大旗を空高く投げて、ヒラヒラ落下するのを巧みに受けとめる稽古です。一生懸命にやっていてソツがありません。
ふと気がつくと後ろの石崖に梯子をかけて叢から何かを採集している男がありました。近づいてみると、崖の割れ目に根を下ろした小潅木の茂みから、垂れ下った衆果を摘んでは手龍に収めているのです。茂みをよく見ると、エメラード・グリーンの小枝が何本も集った束で、その枝には沢山の実がついているのです。かつて、ローマで対面した彼女の一族のようですが、これもお祭りの仕度らしい。飾りものにか、または料理に使われるのか判りません。

私はいつも足軽身軽の一人旅で、季節的にも無頓着なため彼女カッペリ女史には、これで二回しか逢っておりません。したがって肝心の彼女のことは知らないので、これはいけないと本格的に調べてみようと決心したのです。
待てば海路の日和ーーその古い警が私を彼女に近づけたのです。大げさな表現ですが奇跡が現われました。去る八月二十日夜のことです。何度となく聞こうとして果せなかった彼女の戸籍帖が開いて、一族の生活がすっかり判明したのです。
その秘密の手宮は全六聞で、ざっと一万種類の大戸籍帖です。七文字の鍵を試みに入れると、まあ嘘のようにその頁が開いたではありませんか。私はあの靴屋の爺さんを思い出して、蘇生したように歓喜しました。それでは二十年ぶりで判明した彼女の身分を抄出しましょう。(カッペリは「カッペロ」の戸籍になっておりましたが)

本籍(原産)は南欧(一五O種)
名はカッパリス・スピノーサでイタリー名はカッベロ”CAPPERO”です。どうかよろしく。
娘の子(奮)はカープルCAFRESHと申します。いずれはお嫁さんになってビードロの館に入り、皆さまの賞讃を受けることでしょう。特徴は大輪の四弁花。雄しべは鮮やかなスミレ色で多数。果実は円筒形の柴果。
以上が大略の調書ですが、ついでに上味いお漬けもの――ピクルスの製法を伝授いたしましょう。酢一リットルに対して膏一キロが適量です。果実よりも花開く前のつぼみが上等です。なおフランスではこのピクルスを特に珍重するので、実生を鉢床で育て三年目に定植すると三十年は収穫ありといわれています。息の長い植物ですが、日本では残念ながら栽培不可能です。
明治の末年に「ゲパー」というピクルスが日本へ舶来せられて、賞用されたという記事があります。ハイカラ貴族がロング・スカートの貴夫人と、鹿鳴館で文明開化のシャンペンをあげた時、これが食卓に登場したと想像しても可笑くはないと思います。
すでに紹介の通り、カッパリスの曹を材料としたゲパーは珍品で、今では知る由もないが、食品関係の方々には調べてみて頂きたいものです。
この植物は「ふうてうぼく」の属で、多くの春族の繁栄からみて、ヨーロッパでは古くから知られていたと察しられ、近い所では台湾に七種の生存が記録にあります。学名のカッパリスはアラビア語の転説で、たくさんの雄しべの盛り上りを側面から見た花容の命名という。
さて肝腎の採取に就いて。
曹の採取期は六i九月で、従って種子取り(育苗用)は十日ずらして適当に。
あくまで自生しているものでイタリーの中・南部の古い石垣を好む性質があって、平地では見かけません。

これは懸崖づくりの小菊のように垂れ下るのが植性であり、一つは冬の低温からの保身(石恒一高のように)によるもので、日中、充電された太陽熱の暖房で石垣は理想境。それで、古い石崖の多いイタリーでよく発見されたのも判るはなしです。
なお「ローマの夕顔」は私の見立ての命名です。夕方に白色の大輪花を聞き、微かな芳香を放つイタリーの野の花、いや石崖の植物です。魚の飼育家にお手のものの、硝石箱に播いて成育させてほしいものです。

「なせば成る、成らぬは人の為さぬなりけり」のたとえを思い出して、篤志家の出現を期待します。以上が戸籍謄本のコピーです。八1九月に訪伊の万は、その気になれば対面できる筈で、グルメ晴好でしたら現地でのピクルス作りに挑戦をすすめます。本当に上昧いピクルスは新漬に限るからです。もし彼女へのプレゼントなら、月並みのカメオの飾りより現地の手守つくりピクルスの方が、あなたのセンスのみせどころです。梯子かついでの崖のぼりは、カッコわるいと思う方は縁なき衆生。創意は必要です。近頃のNHKテレビをご覧でしょう。博物誌の東西交流の番組。さては国会図書館の東西の博物誌展など。

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