クリスマス・ローズ(初雪おこし)

マップやガイドブックから洩れた古い小さな街、そんな僻地にこそ埋もれた鉱脈が眠っている筈と見当をつけ、フランクフル卜の駅を発つ。途中、小駅で乗り換え、二時間あまりで着いたのはリムブルグ(LIMBURG)駅を一歩踏み出した途端、ハッとして立ち止まった。はるかの空に聖堂の尖塔が街を見下ろして守護神のよう。何かいい事がありそうな予感がする。予約してあったホテルは近くで、まずは手順よくすすんだ。
明けて無風快晴。初冬の十一月はじめとて観光客もなく街は静か。きのうの聖堂にひかれてその方向へと足が向く。銀行や商店は、みな整った清潔さで、木組みの建築が質素で堅実、ドイツの風格を現わしている。
途中のパン屋に飾られた、面白い仮面や動物をデザインしたパンに足を止めたり、軽食堂の立て看板の漫画を一べつしたりで、変わったものには子供のように道くさを食う。

坂道を上ると聖堂の前に出た。余りに至近距離なのでこんどは坂を下って裏手へ回る。
そこは、ラーン川の清流で一変した眺めであった。濁流のライン川に比べて川幅は狭いが、流れは清く周辺の風景は美しい。岸には一群のアヒルがパン屑を配給する老婦を待ち、折り畳みのイスに腰かけて悠然と釣竿を出すのは作業服の老爺、大樹の下では子供らが遊ぶ平和な風景である。
一台の車が川沿いの道に止まった。車中の人は帳面をひろげて聖堂の裏側を写生し始める。これは参考にと静かに車の後ろへ回つてのぞき込む。なかなか達者なベンさばきで、すぐ一枚のデッサンを終えると発車した。途中の絵ハガキ屋にもこの辺から見た聖堂があった。なるほどよいアングルだと感心する。多分イラスト画家らしいが、車内での仕事は通行人に覗かれなくて、その上、行動範囲も広かろう。しかし、もっとよい構図がある筈と更に周辺をさまよう。
こうして三日目、遠くの橋を渡って清流に写る堂塔の豪華な影を見て、思わず患をのんだ。これある哉と快哉を叫んだのである。今ならVサインの両手を高く挙げるところであろう。ようやく鉱脈を掘りあてることが出来た。これで訪ねた甲斐もあった。生きる喜びとはこんな気持を指すのであろう。しかし、これからが本当の仕事で、苦しみの試行錯誤の連続である。
対象に向かって懸命に取り組む姿勢に充実感を覚えたものの、スランプのハードルが目前に並んでいる。これを飛び越して走るのは決してラクではない。凡ての人に課せられた関所と言える。健康とヤル気充分。努力の他に運もあろうが、一貫して粘り通せるか否かが問題である。
妙な方へ筆が走った。疲れたので引き返そう。

その翌日、標題の植物に偶然めぐり会ったのでこの稿も出来たというわけ。ともすれば標題から外れて独走するのが私の癖で、一貫性を欠く作文も読む人より自分のために書く「リハビリ双紙」とご寛容願いたい。
目の前のラーン川は、川面から立ち昇る川霧に包まれ、中洲の枯芦に残された一般の舟はパステル画のよう。人影のない朝の公園のベンチで一服しながら、今度の旅の激しかった変化を回想していた。
チェコのプラハでは、共産国の不自由な生活を強いられて暗い日々を送ったが、脱出してドイツに入ると、やはり自由経済の国のありがたさが判ってほっとする。ふと下の庭の一隅に目がひかれた。
この寒い初冬に、何の花だろうと気になって立ち上がる。下は他人の庭園で主家とは大分離れている。先刻通ったが門は固く閉ざされて、人の気配が感じられなかった。
さて下の道へおりて門を叩くのが仁義とは判りながら、煩わしいし面倒だ。一輪の花ぐらいとついに悪心を起こすや手っとり早い失敬を決意した。軽犯罪の花盗人を承知の上ではなおさら始末が悪い。
ご免候えと石垣の低いを幸いに、やすやす跨いで進入した。横木の下陰に四、五輪の花をもっ群生植物に近づくと俄かに胸がさわぐ。

はたして予想通り、クリスマス・ローズに違いなかったが、凍土を破って咲くこの花は鮮美であり大きくもある。普通種とは明らかに別種の優良種と直感した。
元のベンチに戻り、姿の崩れぬ前にと早速写しはじめる。よくよく見れば色も花の大きさも立派なのに驚いた。クリスマスが近づく十二月の二十日頃から、ヨーロッパの花屋では店頭にこの花束が並べられる。特にドイツの風土に適合して、この国にはいろいろの種類があり、花屋自体が取り扱いに混乱していると聞いた。
明治初年には、日本にも舶来しながら一部の植物園か試験場の栽培だけで、一般に普及しなかったのは淋しい。しかし、この頃は日本の園芸会社もキンポウゲ科のこの植物を売り出しているし、鎌倉のある寺院にはこの種の紅、白花を栽培して観覧者を悦ばす様子がテレどでも放映されたから、以前に比べると普及したと恩われる。
しかし、ほとんどがレンテン・ローズと呼ばれているもので別種である。私の失敬した一花が、不思議にも本当のクリスマス・ローズであった。
この植物を特に愛し、研究に没頭した故桜井元先生の『草木抄』(誠文堂・九六年刊)に詳述されているのを後で知ったからである。
なお『草木抄』には初雪おこし(和名)が、雪中にはずかしげに咲く美しいカラー写真がある。花弁は本当は花被か専に相当するもので、実際の花は奥に隠されて小さい。虫の少ない朱丞ゐ植物にとっては苦肉の策で、四、五月まで花被が散らずに残る様はこれを裏づけている。そして、雪を起こして咲くこの植物の逗しさと美しさに魅せられる。そして、教えられる。

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