星けい蘭

小杉谷の社を離れると草原の崖っぷちに出た。見下ろした渓聞は常緑樹に包まれて、下草は羊歯の群落。
気がつくと近くに板庇の隠れ屋がある。どんな人が棲むのやらと、少々好奇心も動いて近づくことにした。いずれは仙人志願の山男か、女性なら鬼婆というところか。いずれにしても、離島の屋久島では浮世に遠いくらしの人種に相違なかろう。
近寄って見渡したところ、小石混じりの野菜畑の隅に古いバケツに収まった植物が目に映った。樹陰の岩でよく見かける岩石蘭のようだが、丈が高いのでちがった種類かもと迷う。少し離れているためにその様子がさだかでない。
思い切って無断で踏みこめば侵入罪になるので臨時踏する。どうしたものかと案じていると、人の気配を感じた主人が顔を出した。歳の頃は六十前後の小男で、街でよく見かけるオッサン風、やはり仙人でなかった。安心感からバケツの植木を拝見したしと申し入れた。

ところが、これは油断がならぬと思ったか否か、にわかに相手の態度が緊張する。ややあって、おもむろに向こうの丘を指して、以前にあのへんで見かけたことがあるので探して見てはと奨めると、そそくさと谷間に姿を消した。
ここで要注意。親しい身内にさえ知らせぬ秘密のスイバを、何で初対面の旅の者に教えられょうか――である。かかる際には、あらぬ方角を教えて相手の気持ちを散らす方法がある。
自分の発見した縄張りは、あくまで極秘に固守してやまぬ。この悪知恵を本音と信じて喜ぶは苦労知らずの藤四郎。ところで当時の私はそれであったから、相手の術中にはまった迂闇な若僧であった。弛みかけたゲートルを結びなおすと、勇んで前なる丘をさして突進した。何のことはない。馬鹿をマンガに描いた図であろう。

丘の上は台地であった。一帯は笹や蔓の生い茂る疎林で、直射日光のまばゆい地域。その植生地には縁遠い環境である。にもかかわらず馬鹿は、目を皿にしてあちらこちらを探索する。
元よりあるべき筈のない地点、小一時間も努めたところで、徒労の汗が下衣をぬらす。徒労が失望の疲労にかわると汗の冷たさが身にしみてくる。
往きは勇んで出たものの帰りは情然として引き返す。あばら屋に辿りつくと、今度は女房が出た。主人は先刻出たままである。
女は口に出さぬが一部始終は承知のようで、私の徒労は宿六の嘘から生れた残酷物語の一件、どう謝るかで迷っているらしい。
私の失望を察して畑の隅の古いバケツを提げてきて、これを持ってゆけと奨める。

あまりの唐突に私は驚くばかりで、肝心の主人が不在ではと遼巡して辞退する。
何の何の、主のものはワシのものと、同権を主張して古新聞に株を包もうとする勢いである。主のかりそめの嘘から出た旅人の難儀は黙って見るわけにはゆかぬ。謝意のこもったはなむけの言葉に、ここは遠慮無用と考えなおして、ともかく恭なく好意を受けとる決心をした。
改めて手にすると、これは並の品種ではない。希少価値のほしけいらんと知れて胸が躍る。一北旦削のえびねブームが、ようやく緒についた頃のことで山の植物が見直された時分、主の警戒も理由のあることであった。
ここで思い出すのは昔の寄席で聴いた噺の「鰍沢」である。円朝の即席三題噺として騒がれたこの名作は、ご存じの方も多いと思うが、あらすじはこうだ。

浮世はなれて奥山住まい。甲州は山また山の奥に、熊の膏薬売りを渡世とする男と、海に千年、場山に千年の市船上がりの女房。そこへ、一夜の宿吋をと飛び込んだ旅の風来坊は、わが身と重ねてみれやると因縁がありそう。ただ異なるところは男女の知善玉・悪玉が逆であること。そして、旅の風来坊奄は盛られた毒酒に身体が利かなくなった点などは、
現在の我が身の姿に映ってくる。閑話休題。本題の植物談にうつろう。

植物には斑入りという現象がある。葉片に白球が現われるもので、植物自体には妙な持病だが、無責任な数奇ものには珍奇がって競って蒐める流行がある。特に万年青にこの影響が著しい。他にもツワブキや春蘭や万両など斑入りは希少価値があるようだ。いや植物外のせとものでも中華磁器の蛍手がある。同巧異曲には札のスカシもようと際限がない。このうち蛍子の湯呑み茶碗は、蛍のように文様が浮き上がり一般に知られている。それによく似た斑入り葉がこの星けい蘭。万年青や蘭の葉にくらべて遥かに幅広の大葉には、一面満天の星が現われるのは奇観である。いい塩梅に希少価値であるこの植物は、あまり人に知られぬ所にあるのがよい。
星けい蘭は、エビネのカランセ属からマクラーツス属に編入された植物で、その属名は斑点を意味する。原産はマレーシア、日本では四国と九州の一部に生育するだけの暖国系の野生蘭である。偽茎のバルブが六角形にみえるところから水晶蘭と称して、縁日のインチキ商品に変装することもあるのでご用心。
たびたび訴える問題であるが、園芸会社や街の花店は客の顔色には敏感であるが、その肝心の商品には愛情がうすい。
ここに問題がおきる原点がある。何事も金で買えても生命までは買えないのだ。金より貴いものは、深い愛情と謙虚な心であろう。
星斑が広葉の一面に出るのが、星けい蘭の第一級。斑はでないが花も葉も茎立ち状で、やや楼性なのが岩石蘭。この区別がはじめの頃判らなくて失敗したものである。

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