ビザンツの花

イスタンプールはガラタ橋を境に新・旧の二つの市街に区分される。旧市街は昔のビザンツ文化の花開いたコンスタンチノープルである。(紀元一四五三年、トルコ軍に滅ぼされて領有されるまでの千余年間、繁栄したビザンツ帝国)
新市街は旧市街と反対の位置で、ベイヨル地区と呼ばれ活気に溢れた庶民の町。銀行、ホテル群、商店、それに劇場、映画館といつも人通りが絶えない。
行きつけの食堂で南瓜の煮物が山もりに飾られていたが、惜しいことに口にする機会をのがした。街でも美事な大果をリヤカーで運ぶ光景に眼をひかれ、スーパーでは野菜に混じって幅を利かしていた。米食のお惣菜になる点は、やはりアジアであると親しさを覚える。
ヨーロッパのは大味で、ミネストローネに混入するが、そのものだけの煮食はない。この南瓜は色、形ともに特殊のトルコ系である。日本とちがって六月の梅雨がないために、水分の少ない澱粉の充実した上味さを想像する。

ここは欧・亜の架け橋と言われ、ヨーロッパとアジアの接点として興味をもたれている。しかし、やはりアジアである。その証は、先に述べた南瓜のつぎに木造建築がある。
オスマン・トルコ時代の古いもので、=一階建が各階にせり出した出窓をもっ姿は、旧市街の裏通りに軒を連らね、例のウシクダルにも現存する。さらに多種多様の米袋の並んだ市場は盛観で、これまた多種の一旦や雑穀に混ってパプリカ香料の多様さに、昔のベネチア商人とのさかんな交易が思い起こされる。
古来トルコは勇敢な騎馬戦のたびに近辺を侵して、ついに十五世紀半ば手にした今のイスタンプール(旧市街)は、歴代のオスマン・トルコのすさまじい執念によるものであった。
しかし現在はどうか。今は虚勢された民族に墜ちて、街には失業者が溢れている。働くにも仕事がないので、ヨーロッパに出稼ぎに出る。その大多数は労働者や焼栗屋などで、低い地位と貧しい生活を余儀なくしている。勇敢なオスマン・トルコの面影は消えてしまった。
南瓜のついでにここの果実の一部をとりあげておく。
いちじく(ターゼー)は、生食の他に干しいちじくが日本の干し柿のように広く愛用されている。これはヨーロッパにもあるが低級視されている。
葡萄(UZUM)は、生食外に特別の干し葡萄がバザールに並んでいた。粒のでなく、枝付きのままで、ブドウのミイラ化した姿は珍しく思われた。
ざくろ(NAR)は大果で閉口せぬ型。これはバナナや他の果実といっしょにミキサーでジュースとして、通勤者が朝々に立ち飲みする。結構うまいので人気があるが、お安くないので、一部のサラリーマンに限られているのは残念だ。

金がなければ水をのめ、で水売りが街に立っている。真織の水瓶を背負った本職の他にアルバイトの学生が、コップ一杯邦貨十円の値段で立売りする。ここのは日本の都会周辺の水道とちがって、泉や地下水の清水で消毒薬無用のため、カラカラにかわいた咽喉にしみわたる甘露水は有り難い。ガラタ橋の下は、海鮮料理の小舎が軒を連ねて焼魚の煙と匂いが充満する。その前で、多数の釣人が目白押しに並んで竿の放列。盛観というより騒々しくて釣りのイメージはない。竿をあげた人も見かけない。
回遊する魚群を待機しているというより、失業者の暇つぶしとしかみえぬ。釣る阿呆に見る阿呆で、見物人も多いのには驚いた。獲物は小鯵のようだ。
先へ行くと岸壁に人だかりで、覗いて見ると船首に小旗を立てたフライ屋が開店。接岸した舟には大鍋に油が煮立ち、一人の男が魚のフライに専念、一人の男は新聞紙に包んで揚げ立てを、地上の客に手渡す。忙しいこの商売は仲々の繁昌。ものは試しと買ってはみたが、オリーブ油のフライは口に合わぬ。食うが無筆の旅日記と焼き魚も試食したが、油が多くて感心でき扮ねた。出街の店舗の魚屋は、紅く塗った大盟に鯛や黒鯛の大きいのを店頭に並べて客を呼ぶ。三方を海にめぐらした地の利で魚の種類は豊富、魚好きのここの回教徒たちは、アラーの神に感謝せねばなるまい。
街を流す小商人や路傍で営業する人がやたら多いが、無責任に眺めるのは罪だ。日本の明治・大正時代にもこれに似た風景があった。この半世紀1一世紀遅れた生活をみて、途上国といちがいに軽べつはできなかろう。
路傍で古めかしい肺活量を計る道具や体重計を備えて、ボンヤリと客待ちの老人を見た。日本の老人、いや高年者たちは、年金でゲートボールやカラオケに熱中している。考えさせる光景であった。

あとがきになったが、この地を訪ねた目的は、従来から軽く見られがちのビザンツ文化を自分の日で確認したいという殊勝な願望と別に、哀しい”コンスタンチノープル”を弔う気持もあった。
ビザンツ文化(東ローマ帝国)に咲いた花は、後につづくルネッサンスの華々しい大輪咲きに隠されて小さい。しかし見逃せぬ二つの花。それはモザイクとイコンの世界だ。
イタリーのベネチア(サンマルコ教会)とラベンナ(ヴィターレ教会)の優れたモザイク群。今一つはロシアの辺境に点在する正教寺院の移だしいイコン群。これらは源流を辿って行けばコンスタンチノープル、今のイスタンプールに到達する。つまりビザンツ文化の本元である。
聖ソフィア寺院につ。ついてモザイク博物館、考古博物館は、どれもかたまって点在するので見学に都合がよい。街にも小さな博物館があるが、どれもトルコ関係のものが多く、はじめに予想したほどの収穫が得られなかった。
アヤ・ソフィア寺院の漆喰で隠されたモザイクに、ビザンツ期の名残りをチラリと見ただけ。これもたびかさなる十字軍や偶像破壊運動、そして、占有したトルコが手を加えた個所もある。近くのモザイク博物館に入ってみると、ガイドを連れたイタリーの娘子が熱心に見ていた。本国の作品との関係に興味があるのであろう。
しかし、発掘されたものは大味なもので、モチーフこそ野獣や狩りでの変ったものが並んでいるが、技法は粗野でラベンナのものには遠く及ばない。
修復中の大画面は地下室にあるので、上から眺めただけ。しかし、期待した程の精巧な技術のものはなかった。
考古博物館の裏庭には、東ローマの遺品と思える石の彫刻があちこちに点在していた。これも技術が粗野で、建築石柱のアカンサス文化も緊密さが欠け、東?ーマの文化の低下を知ラりされる。
亡びたものは美しい。歴史を繕けば、ビザンツ帝国の富をねらって周囲の国から絶えず侵された、その防戦に明け暮れした守りの消極性が了解され、大輪の花を聞かずに枯れおちた盛衰が偲ばれる。

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