播州めぐり


昭和十八年――戦局は日増しに進んで地方への疎開が始まり、落ちつかぬ忙しいあけくれ、整理の荷物に部ばる蔵書は粗大ゴミと見なされ、伝来の古書さえ二束三文で処分された。悲しい文化凋落の時機であった。
『播磨風土記新考』の一書が世に出たのはこの年で、著者は眼科の権威、井上通泰氏。宮中の御歌所寄人でも知られていた。(弟に民族学の柳田園男、大和絵の松岡映立氏)氏の出生地が播州という因縁からこれに取組まれたもので、まさしく郷土愛の結晶とも言える。
風土記の編纂は元明帝の和銅六年、紀元にして七一三年に当る。もちろんかな文字の発生以前であるから全文、漢文体の難解である。
三条西家に伝来の秘巻を基に、積年の研究は文化財の発掘作業と同じく労力と時日を惜しまない。
兵庫県下の限られた播州に、八世紀以前の光明をあてて解明を試みた仕事の意義がここにある。風土記に表われた古い物語や伝説には、短章だけに限りない空想が広がって大人の童話の世界である。戦時下の慌しい生活もこの書を緒くことで逃避できた。
そんな時に兵庫県K市の小学校に勤務する旧友の援助で、播磨の地を踏める機運に恵まれた。学童の集団疎開で学校は空っぽ。宿直室に泊りこんで、臭いけれど南京米なら豊富にあるからと嬉しい音信。渡りに舟と、東京のアパートはそのままにK市の小学校へ単身赴任した。と言っても勤務したわけでないから臨時の居候である。足軽身軽はこんな時に便利だが将来の出世はおぼつかない。さて、ここを根城にして近くなった播州路を放浪しようとの計算であった。
初めは加古川周辺を歩いた。
風土記に登場する絶世の美女、すなわち印南別嬢と大帯古天皇(景戸汀帝)の出会いから始まるロマンスである。
この地で景行帝の寵をvつけて栄華の花を咲かせたミス・インナミの墓は、日の丘に残って今は近在婦人の参詣する安産の神様となっている。その亡骸も印南川の川底に埋もれたままで、人の命の傍なさを感じる。次に「石の宝殿」であるが、風土記に記されただけに古い石造の建造物で、石切場であったようでもあるし蘇我入鹿の墓の伝説もある。全く理解され難い奇妙な形で、二度足を運んで観察を続けたが判らず退散した。ここは現在「石の宝殿駅」と駅名もそのものズパリで、古くからの名勝地、江戸時代の木版摺りの絵図も復刻されて出回っていた。
風土記の三王子の話で、三木への途中で青年と道づれになり松茸山を教わった。播州は松茸の名産地で赤松の林には細い縄ばりが見えた。隅に生えている一本を失敬したが青年は林の中へ消えた。当時の町のうどん屋では松茸うどんが十二銭也であった。
六継里はこの辺に違いないが、茸の偏に又の字が加わっていて惑わされた。その時代にそう書いたものか、あるいは誤字であったか判らない。
ある日、家島へも訪れた。釣場で知られる島だが歴史的に古い。なだらかな島の連なりを写生して、後日版にも彫ったが手許に残つてないのは残念。
生野、その他の現地写生で翌年は埼玉の寺に篭って版を彫り、昭和二十一年の国画会で上野へ出品した。題名を絵本播磨風土記として先覚者の井上通泰先生に捧げたものであった。翌年文部省の教科書が新しく木版画をとり入れることになって、さしえの松の図をもとに大小の二本の松を彫ったのが高等国語教科書の表紙となり、全国に渡ったのはこの旅の記念である。

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